エッセイ | 食のこころ

 

紀ノ国屋創業者 増井徳男さんの思い出 2017年・春

相談役 石戸孝行

故増井徳男様とのお付き合いは50年以上前に遡る。

世界の食料品と銘打って青山の一角で、それこそ世界のお客様を相手に商いをしていた。

ご縁があって、増井様とお会いでき、今ではご子息の増井徳太郎様にもいろいろご指導を頂いている。

 増井様は自店で取り扱うものはほとんど産地に出向いてご自分で確かめている。

一度、ノルマンディ地方に旅をさせていただいたことがあった。

私はその旅の中、部屋をご一緒させていただいた。

ご一緒というより、ほかの皆さんは恐れ多くて同室だと気疲れで眠れないと言うのが実情だった。

私は増井徳男という人物がどういうバックグランドで形成されたのか興味が尽きなかったので、良いチャンスだと自ら願ってご同室させていただいた。

 数日を過ぎたころ、増井様の左腕にやけどの跡を見つけ、「このやけどは何ですか?」と聞いてみた。

すると、「紀ノ国屋で労働争議があったとき、自分は社員の痛みを理解できなかったという反省の意味で、お線香の束を腕に焼き付けて社員に詫びた」という。

そのことを知らない社員は、ただ自分を責めた。

(そのことを社員が知ったわけではないが)争議はやがて終息した。

誰にも言わず、自分を真正面から責めた増井様に私はのめり込んでいった。

く人から、尊敬する人はと聞かれることがあるが、大抵は松下幸之助、本田宗一郎とか答えるが、私は「増井徳男、行光博志、石原功三」と答える。

この先輩、師匠たちがいなければ、今の京北スーパーは存在しない。

事あるごとに、息子にもこの恩は忘れるなと言って聞かせている。

私の何よりの財産だ。